前書き
Kokoroです。このだい6章を書き終わった時、ページ数が100ページを越えているということを知って、とても驚いていますです…
さて、前回のお話を読んでくださった方は、そろそろ終わりなのかな、と思われると思うのですが、 この6章は、後半におけるお話の鍵となるお話になっていますです。…内容としては、いろいろと考えた結果、かなりありがちなお話になってしまったので、私の想像力といえばこんな感じなのかな、と思っていますです。
また、このお話を書かせていただいたのは、2018年8月18日現在になりますです。というのも、あくまでも可能性のお話ではあるのですが、アプリさんにおける「異世界の少女編」において、もしかしたら、今後きちんとしたお話が語られるかもしれないという内容になっていますです。なので、私のお話は、そちらにおいて正しいお話が語られたとしても、そちらには左右されない、完全に独立したものとして書かせていただいているつもりなのです。今後書かせていただこうと思っているお話であり、この「Aile de Lien」を書かせていただく遥か前(具体的には2018年4月)から構想があった「Le vent de hope」というお話も含めて、今後アプリさんで語られるかもしれないお話を私が勝手にねじ曲げてしまう可能性がある中で、書いてしまっていいのかどうか、本当に悩んだのですが、様々な方々からの助言や、読んでみたいという方々の声に後押しされたことで、書き上げようと考えましたです。賛否両論あるとは思うのですが、最後まで読んでみてくださるということであれば、私はすごく嬉しいのです。
ーーーでは、前置きはこのくらいにして、お楽しみくださいです~♪
第6章「知りたくないこと、離したくないもの」
白と黒の翼が、大きく羽ばたく。
ふわりと私たちの前に降り立った黒い翼の私は、不気味な笑顔を浮かべて私たちを見た。
「そんな…どうして…。だって、あの時ーーー」
私の口から出たのは、そんな言葉。
あの時。確かに、私はウロボロスの意志を浄化することに成功したはず。
なのにーーー
どうして、今になって。
「……。」
そんなことを知ってか知らずか、天羽さんが黒い私に向かって鋭い目線を向ける。
「ふふ…怖い怖い。そんな顔をしないで。」
余裕を崩さない黒い私に、天羽さんが言う。
「ーーーあなたはレミエル先輩じゃない。先輩は僕とずっと一緒にいた。だからそんなわけはない。どうせウロボロスの新しいやり方なんだろう?先輩の体を乗っ取って、先輩を傷つけて、それだけじゃ飽きたらず、今度は直に成り代わろうとでもいうのか…?」
「成り代わり…?面白いことを言いますね、天羽さん。私は私、片翼の天使、レミエルですよ。それ以外の何者でもないーーー」
「ーーー何だって?」
怪訝な顔をする天羽さんに向かって、黒い翼の私が言う。
「あなたたちが何を思っているのかはわからないけれどーーー私が言いたいのは、いつまでも夢を見るのはやめなさい、ということだけ。」
「夢をーーー?」
どういうこと?
今度は私が怪訝な表情をする番だった。
黒い翼の私は続ける。
「だって、夢だもの。現実じゃないもの。目の前にないもの。さっきのお話だってそう。地に堕ちた天使について、自分はいい解釈を思いついたと思っているんでしょう?それで、現実が変わるわけでもないというのに。それとも、大昔に作られた教典の内容が、あなたごときの考えひとつで変えられるものだとでも?」
「ーーー。」
私たちは、何も言えない。
その通りにも程があるくらい、その通りだから。
「それだけじゃない。その発想がそもそも正解だったとしてーーーそれは、彼らにとってよかったことなの?」
ーーー何を言っているのか、一瞬わからなかった。
黒い翼の私の言葉は続く。
「だって、そうでしょう?神様のところにいられること、これが私たち天使にとって至高の喜びのはずなのに。どうして、自分からその喜びを捨てようと思うんですか?」
「ーーーっ!!」
天羽さんが、唇を噛みしめる。
「ーーーね?答えられないでしょう?なぜなら、そんなことはあり得ないから。あり得ないがゆえに、想像のしようがないから。」
答えられない天羽さんを嘲笑うかのように、黒い翼の私は言う。
「ーーーそして、あなたの隣にいる私だって、目の前にいる私だって、
地に堕ちた天使なのだから。」
ーーー私は、地に堕ちた天使。
また、その言葉を聞くことになるとは。
まさか、自分と同じ姿をしたものの口から。
「ねぇ、もう一人の私。」
黒い翼の私は、今度は私に向かって言う。
「あなた、どうして大河さんとのリンクを捨てたの?」
「ーーー捨てた…?」
どうして。
何だ。この私は何を言っている。
「それはーーー天羽さんをパートナーに選んだこと…?」
「その通り。だって、そうでしょう?最高のαドライバーの手を離れて、天羽さんをパートナーにしてーーーそれであなたは幸せになれたというの?最高のαドライバーのリンクを失って、覚醒状態まで達していたリンクレベルも捨ててーーー」
「それはーーー」
私は、どう言っていいのかわからなかった。
天羽さんとのリンクレベルは、今のところレベル4。大河さんとリンクしていたときーーーレベル5の力には、到底及ぶべくもない。
「そもそも、それを勧めたのは誰?この世界に行けと言ったのは誰?」
その一言で、私はびくっ、と肩を震わせる。
目の前の私が何を言いたいのか。それがわかってしまったから。
勧めたのはーーー大河さん。
この世界に行けと言ったのは、ガブリエラ様。
黒い翼の私が、唇を動かし出す。
やめて。
それ以上言わないで。
お願いーーー
「ーーーほら、赤の世界でも、この世界でも、あなたは捨てられる運命だった。」
「ーーー!!」
頭が、真っ白になる。
捨てられた。
私が。
誰に。
大河さんに。
ガブリエラ様に。
赤の世界に。
違う。
私は捨てられてない。
天羽さんの力になりたかったから。
また一回り、大きくなりたかったから。
自分で選んだことだったから。
友達だっている。
私は一人じゃないーーー一人なんかじゃないーーー捨てられてなんかない!!
それを知っているのか知らないのか、黒い翼の私は続ける。
「あははっ、動揺してる。どうやらまだ現実を見ることができていないみたい。なら、あなたがそれを自分で選んだとしてーーー
ーーーそれが自分で決めたことだと、どうしてわかるの?
だって、そうでしょう?赤の世界から離れるのも、大河さんの元を離れるのも、あなたは言われたからそうしたようなものでしょう?
あなたは、示された道を唯々諾々と進んだだけ。
あのブルーミングバトルの時だってそう。あなたは大河さんが天羽さんを信じろと言ったから信じた。違う?ならどうして最初から彼を信じてあげなかったの?今日のことだってそう。美海さんから言われたから来た。
ーーー結局、本当は自分で決めたことじゃないからでしょう?
天羽さんに手をさしのべたのだって。
困っている人に手をさしのべる。そんなことは特別なことでもなんでもない。至極当たり前のこと。当たり前のことを特別なことにしようとすること以上に愚かなことなんて、この世界にはないと思わない?」
黒い翼の私の言葉が、次々と私に突き刺さる。
考えれば考えるほど、それは真実味を帯びてくる。
否定すれば否定するほど、その否定そのものが嘘に思えてくる。
「そしてーーーそんな中途半端な気持ちは、さらに人を傷つける。
天羽さん、あなたはきっと、そこにいる私に大して、勇気を出して告白したのでしょうね。関係が変わってしまうかもしれない、今まで通りではいられないかもしれない、でも、それでも、あなたはそのリスクを負ってまで私に告白することを選んだ。それはすごく立派なこと。以前のあなたからすれば考えられないでしょうね。
でも、現実はどうです?目の前の私は、答えることすらしていない。はい、いいえ、その二択しかないにも関わらず。
私は何も変わっていない。変わりたくない。変わるのが怖い。目の前の現実を見ることができない。
その私の優柔不断さを見て、あなたはどう思ったんですか?
早く答えが聞きたいとは思わなかった?
じゃあ、教えてあげましょう。
あなたの隣にいる私はーーーあなたを愛してなどいない。」
「ーーー嘘だーーーそんなのは嘘だ!!先輩は、誰よりも優しくて、だから、いきなり言ってしまった僕のことを、きっと傷つけないようにーーー」
「それが誰にわかりますか?あなたがわかりますか?他人の心のうちを、そもそも会って間もない誰かの心なんて、誰がわかりますか?
わかるはずがないんです。だって他人ですもの。もしもそこの私が何かを言ったとして、言ったことが正しいなんて誰がわかりますか?わかるはずがないんです。だって、わからないなら嘘なんていくらでもつけるのだもの。」
追い討ちのように言う、黒い翼の私。
天羽さんーーー
私が答えられないのは、私の気持ちが私自身でもわからないから。
整理して、ゆっくり考えることが必要だと思うから。
そう言いたいのに。
伝えなくてはならないのに。
声が出てこない。
どうして。
絶望の表情をして固まる天羽さんに、黒い翼の私はさらに言葉を紡ぐ。
「どうですか?一時の気の迷いで突っ走って、それが失敗だったことがわかった絶望は?
あなたは以前、私に言いましたね?私の方が、あなたよりも何倍も苦しい思いをして来たのではないか、と。
苦しいでしょう?辛いでしょう?こんなのないよ、って思うでしょう?
あなたは本当に努力した。リンクが繋げることがわかる前も、わかった後も。プログレスの、私の役に立ちたい、と。絆を繋ぐことができて、もっと深く絆を繋げると思ったのに、それなのに、目の前の私はそれを拒んでいる。その現実を直視してしまった。そうせざるを得なくなった。そうせざるを得ない道を、私は選ばせてしまったーーー」
「ーーー私のーーーせいーーー」
ようやく出てきた言葉は、そんなものでしかなかった。
虚ろな目で膝から崩れ落ちる天羽さんを一瞥して、黒い翼の私は、優しそうな微笑みを浮かべーーーしかし冷たい瞳で私たちを見つめて言う。
「ーーー天羽さん。
神様の元を去った天使は、希望の象徴、だったかしら?
でもーーーあなたの目の前の片翼の天使はーーーあなたに絶望しか与えなかったようだけれど?」
「ーーーーーーーーーー!!!!!」
天羽さんが、どこまでも、どこまでもーーー青蘭島全体に響き渡るのではないかという慟哭をあげた。
やめてーーー天羽さんーーーやめて!!
そんな顔をさせたかったんじゃないの…!!
私はーーーたくさん悩んでーーーあなたに嘘はつきたくなくて。
だからこそ、何も言えなくて。
そうだーーー今日は、すごく楽しかった。
一緒にお祭りに行く約束をして、林檎飴をいただいて、ミアちゃんを助けて、一緒に花火を見て。
なのに。
なのにーーー
私は、目の前の私を、これ以上はないという怒りを持って睨み付ける。
楽しかったのに。
せっかく楽しい時間を過ごせたのにーーー
それなのに、あなたがーーーあなたなんかが出てきたから!!
許さない。
天羽さんをーーー人一倍優しくて、頑張っていて、私を信じてくれるパートナーをーーーよくも…よくも!!
そのまま、私は地を蹴る。
天羽さんとはリンクを繋いでいない。αフィールドの守りがなしという、あまりにも無謀な突撃。
だが、私は止まらない。
目の前の私を、私は絶対に許さない。
彼にあんな顔をさせた私を。
彼を傷つけた私を。
絶対に、許すものかーーー!!
私は、目の前の私へと翼を羽ばたかせて加速しーーー
ーーーえっ?
私はーーー今、何をした。
どうして、私は羽ばたいた、
ーーーどうしてーーー私の背中に翼が形作られているのーーー?
天羽さんからリンクを行った形跡はない。私もこちらからリンクを繋ぐことはしていない。
なのにーーーどうして今、私の背中には、金色に輝く翼があるのか。
どうして、私は飛んでいるのかーーー
目の前の私が、手にした長杖を振るう。
それが、肉薄した私の脇腹を捉えるーーー
痛みが、ない。
黒い翼が、大きく羽ばたく。
巻き起こった黒い暴風が、無防備な私の体を容赦なく叩き、私はたまらず、傍らの大木の幹へと叩きつけられる。
それでもーーー普通にぶつかれば、肋骨の骨折程度は覚悟しなくてはならないはずなのに、痛みはない。
どうしてーーー
私は、何が起こっているのかわからない。
目の前に、漆黒の翼が舞い降りる。
黒い翼の私や手がーーー私の金色の翼を捉え、そのまま私を地面へと引き倒す。
私の翼ーーーリンクを繋いだ証である金色の翼がーーー黒い翼の私の華奢な手によってーーーしかし強い力によって一思いに根本から引き裂かれ、光となって霧散してもなお、私は痛みを感じることはなかった。
いつの間にか私を覆っていたαフィールドが、消える。
ーーーαフィールドが。
それに気がついたときーーー
どさっーーーという、何かが倒れ伏す音。
ーーー私は、抑えられない震えを堪えながら、後ろを振り返る。
倒れ伏しているのはーーー一人の男の子。
底抜けに優しくて、頑張り屋さんで、困っている人は放っておけなくて。
「ーーー天羽ーーーさん…?」
どうして、彼は倒れている。
どうして、私はαフィールドに守られた?
どうして、痛みを感じなかった?
リンクを繋いでいないのにーーー
どうして、リンクが繋がったーーー繋がってしまったーーー?
どうしてーーーどうしてーーーどうして!?
「ほら、やっぱりあなたは彼を傷つけることしかできない。
神様の元を去った天使は、やっぱり引き裂かれた翼がお似合いねーーー」
可笑しそうに笑いながら、黒い翼の私の輪郭が薄れ、元の闇へと還っていく。そこには、汚れた浴衣でへたり込んでいる私と、倒れ伏す天羽さん、そして夜の帳だけが残されていた。
「ーーーレミエルちゃん!!」
おそらく、ウロボロスの反応を探知してスクランブルがかかったのだろう。美海さんとソフィーナさんが空から降りてくる。
「美海さんーーーソフィーナさんーーー天羽さんがーーー天羽さんがーーー」
「ーーーっ!!大河君、今すぐアルドラの治療ができる子を呼んで!!急いで!!」
お二人は、泣きそうな私の言葉で天羽さんが倒れていることに気がついたらしく、美海さんが慌ててリンクしているはずの大河さんに連絡を取る。
『10-4(了解)、今すぐ救援できるプログレスを検索して向かわせる、ちょっと待ってて!!』
美海さんのつけているイヤホンから、大河さんの声が聞こえてくる。
私の側に降り立ったソフィーナさんが、私の肩を抱いて声をかけてきた。
「レミエル、落ち着きなさいーーー一体何があったの?大丈夫、大丈夫だからーーー」
ソフィーナさんがそう言った瞬間ーーー
「ーーーっ…ふ…ぅぅ…あぁぁぁぁぁ…っ…
ーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーーーーーーーー!!」
私の叫びと同時に、私の両の目から、大粒の涙が頬を幾筋も伝う。
あの時ーーー私がこの世界で、はじめて絶望をしたときのようにーーーいつの間にか、見えていたはずの星空は雲によって覆い尽くされ、私の慟哭に呼応するように、空は雨という名の涙をとめどなく降らせる。
いや、その時とは比べ物にならない。
そのくらい、心が痛い。
当然だ。
痛かったのは、私だけじゃない。
一番傷ついたのは、天羽さんだ。
これは、二人ぶんの痛み。痛くて当然なのだ。
天羽さんーーー
天羽さん、ごめんなさい。
私にもわからないの。
あなたの告白にどう答えればいいのか。
どうしてリンクが繋がってしまったのか。
いやーーー本当はわかっている気がする。
すべては、私のせいだ。
私の優柔不断さが、あなたの心を傷つけた。
私の力不足が、あなたの体を傷つけた。
きっと、そうなのだ。
許してーーー許してくださいーーー天羽さんーーー神様ーーー
私は、降りしきる雨の中、ソフィーナさんの胸で泣きじゃくることしか出来なかったーーー
暗い部屋で、私は虚ろな目でベッドの隅に腰かけていた。
あのあと、合流したナナさんとシノンさんが天羽さんの応急処置をして、天羽さんは保健室へと運ばれた。私は美海さんとソフィーナさんに連れられて部屋に戻り、濡れた服を着替えさせてもらった後、こうしてずっと、ベッドに腰かけている。
天羽さん。
ずっと、私は彼のことを考えている。
天羽さんは、どうしているだろうか。
目を醒ましたのだろうか。
そういえば、天羽さんはこの前まで、お医者さんのベッドの上だった。
せっかく元気になったのに。
私のせいで、またベッドの上に逆戻りだ。
私のせいで。
気がつくと、ずっと自分を責めている。
それしかできない。
考えれば考えるほど、私の心は曇っていく。
とん、とんーーー
ドアが叩かれる。お客さんだろうか。
「ーーーレミエル。」
えっ…
ーーーこの声はーーー
ドアが開き、声の主が姿を現す。
「おお、いたようだの。」
「ーーーアマノリリス様ーーー?」
赤の世界を統べる「七女神」の一柱。
安寧と平穏を司る女神ーーーアマノリリス様。
私は慌ててベッドから降りて、フローリングへと正座する。
「あぁ、それほど畏まるでない。今のわたくしは、ただの客人に過ぎぬでな。」
…そうは言われても。
アマノリリス様は、緊張する私の顔を見て、一瞬にこりと安心させるように笑いーーーそれから、私の側に歩み寄って、私をぎゅっと抱きしめた。
「ーーー本当に、辛い思いをしたようだの。お前が辛いときにすぐに来てやれずに、本当にすまなんだ。許しておくれ。」
アマノリリス様が、私を心配して来てくださったのだということは、すぐにわかった。
「ーーーアマノリリス…様…。」
私の目から、またとめどなく涙が溢れ出す。
ただの天使でーーーしかも片翼という鬼子の天使であるはずの私を。
この方は、自分のことのように心配してくださる。
「おぉ、そうそう、お前に会わせなくてはならぬ者がおる。ほれ、入ってきなされ。」
アマノリリス様が、声をあげる。
ーーー誰だろう。そう思っていた時ーーー
「ーーーはい、アマノリリス様。失礼いたします。」
それはーーー私が聞き慣れた、凛とした声。
「ーーーガブリエラ…様…。」
私は、懐かしい声に、思わず泣き顔のまま呟いていた。
導きの大天使ーーーガブリエラ様。
私に、この青の世界へと行くよう助言してくださった方。
四聖天使ーーー赤の世界において、七女神様の一番近くにいることを赦される、最高位の天使の一角。
アマノリリス様が私の体からご自身のお体を離され、今度はガブリエラ様が私の前に立つ。
「久しいな、レミエル。息災であったか。
ーーーそれにしても、変わらぬな、汝は。
自分のことばかり考えているようで、実は誰よりも人のことを考える。そんな、優しすぎる心の持ち主であることが、な。」
ガブリエラ様が、私に向かって優しく仰った。
「ガブリエラ様ーーー私、何も変われていないです…。
ポンコツなところも、優柔不断なところも、恥ずかしがりやなところもーーー
今日だって、天羽さんの告白に答えられなくて…危ない目に合わせて…泣くことしかできなくてーーーせっかく仲良くなれたのに…どうしたら…どうしたらいいんでしょうか…。」
ガブリエラ様が、先ほどのアマノリリス様のように、私の小さな体をぎゅっと抱きしめてくださる。
「ーーー汝らは、本当に、似た者同士のようだ。」
ガブリエラ様が、ぼつりと呟く。
「汝はーーー今こそ知らねばなるまい。
汝に宿りし力の源ーーー古の導きの大天使ーーーミカエルのことを。」
ガブリエラ様が、私を抱きしめたまま、背中の翼を広げ、私の体を包み込む。
温かさに包まれながらーーー私の意識は、白い光の底へと落ちていった。
「ーーーミカエル様!!お願いです!!考え直していただきたい!!」
ガブリエラ様の声が聞こえる。
ガブリエラ様は、誰かと何か言い合いをしているようだった。
「ーーーガブリエラ、ごめんなさい。もう、決めたことなのです。アマノリリス様にも、もう許可をいただいています。」
私やガブリエラ様と同じ金色の髪、そして私と同じ瞳の色をした女性が、ガブリエラ様に言う。
「決めたこと…なんと罰当たりな…!!我らは七女神様への忠誠を誓う者、それこそが我らの喜びであり名誉ではありませんか!!それなのに…どうして…どうしてあなたは、七女神様の元を離れるなどと…それも、どこの馬の骨とも知れぬ下々の者の元へなど…!!」
「ーーーガブリエラ、彼を悪く言わないで。いくらあなたでも、言っていいことと悪いことがあります。」
「しかし…!!」
「ガブリエラーーーこの世界ーーーテラ・ルビリ・アウロラは、あなたはどんな世界だと思っていますか?」
「ーーーは?」
「答えなさい。この世界を、あなたはどんな世界だと思っているのか。」
「それはーーー七女神様に守られた、温かく、誰もが癒される世界だとーーー」
「そうね。でも、あなたは今、彼のことを何と言ったか覚えていますか?どこの馬の骨とも知れぬ、下々の者…。あなたはそう言ったわ。
私たち天使や、ひいては七女神様が、その下々の者によって存在を赦されていることを、あなただって理解しているでしょう?
この世界は七女神様によって守られ、七女神様の力は人々の信仰によって維持される…この世界は、そうやって均衡を保っている。決して、七女神様のお力だけで成り立っているものではないのよ。
無論、私だって七女神様への信仰が揺らぐことはないわ。でもーーーそれでも、人を愛するか否かは別の問題。
ガブリエラ、もうひとつ聞くわ。あなたは今、この世界を、温かく、誰もが癒される世界だと言ったわ。
それが真実ならーーーどうしてあなたは、私自身の幸せのために手を伸ばす私の邪魔をするの?」
「ーーーですから、それはミカエル様が四聖天使の一角であるゆえにーーー」
「四聖天使の一角が、どうして人を愛してはならないの?七女神様の守護も、人を愛するがゆえのものでしょう?」
「それはーーー」
「ガブリエラーーー愛というものは、愛する者同士が互いに無償でなくてはならないものよ。どちらかに見返りを求める心があれば、それは必ずや争いの火種になるわ。それは、私たちであるからこそ理解していなくてはならないもの。それを忘れてしまってはいけないわ。それを理解しているであろうことを知っているからこそ、私はあなたを後任に選んだのだから。」
ガブリエラ様は、彼女から目を背け、吐き捨てるように言った。
「ーーーあなたの好きにするがよかろう。
私には、あなたのお心を覗き見て、そこを突くための言葉はありません。」
「ガブリエラーーーありがとう。ごめんなさいーーー」
そうして、二人は離れていき、再び、視界が白く染まった。
再び視界が晴れたときーーー
「だめだーーーもう、おしまいだ!!」
「嫌…助けてーーー助けてーーー!!」
泣き叫ぶ声。逃げ惑う人々。
赤の世界がーーー燃えていた。
私も見慣れた円形闘技場(コロッセオ)。
賑わいを見せていたであろう広場。
今まで笑顔を見せていたであろう人々。
それらに向かって、赤く燃え盛る流星が次々降り注ぎ、命中した側から紅蓮の火の粉を散らし、周りの建物を、人々を、そのことごとくを巻き込んで、陽炎を揺らめかせて燃え上がる。
あの平和な世界が。私の故郷が。
世界水晶があるはずの七女神様の神殿へと、たくさんの人々が押し寄せている。
「七女神様ーーー私たちを助けて!!」
「女神様たちはこの世界の守護者であるはずーーーどうして、それを放っておくのですか!?」
「もうだめだ…俺たちは…女神様たちにすら見捨てられたんだ…。」
方々から、様々な声が聞こえる。
私は、どうしてこんなことになってしまったのか、なんとなく想像がついていた。
先ほど、金色の髪の女性が言っていたこと。
声を上げていた人々が口にしていたこと。
それを繋ぎあわせれば、辻褄は合う。
七女神様の力は、守護者としての役割を果たせないほどに落ち込んでいる。
なぜ。
それは、どちらなのかはわからないが、ギブアンドテイクであるはずの関係を、どちらかが破ってしまったから。
七女神様の力は、人々の祈りの力。それがあればこそ、世界の守護者としての役割が成り立つのだから。
「みなさん、落ち着いて!!」
聞き覚えのある声が、後ろから聞こえる。
振り向くと、先ほどガブリエラ様と口論をしていた女性が、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
「こんなところで嘆いていないで、七女神様へ祈りを捧げなさい!!あなた方が祈れば、七女神様の力は増幅される…この窮地を乗り切ることも、きっとーーー」
「お言葉ですがーーー」
周りの人たちの視線が、彼女に集まる。
「あんたが昔、四聖天使の一角であったことは知っていますよ。だったら、あんたがこの窮地を救ってくださいよ。そのくらいできるでしょう?」
「ーーーそうだ、俺たちは何の力もないんだ!!力がある奴らが力のないやつらを守るのは当然だ!!なのに、七女神様も、天使様たちも、力を持つものたちは守ってはくれないーーー職務怠慢だ!!」
女性の周りの人たちは、彼女に対してそんな言葉をぶつけ続ける。誰かの投げた石が、彼女へと届こうとしたとき。
「ーーーやめろ!!」
ばしっ、という音を立てて、その石が傍らから躍り出た男性の額に当たる。
彼は、女性を守るように、人混みとの間に立ちはだかった。
「どうして…どうしてこんなことをする!?彼女に何の罪がある!?自分たちの力が足りないのを、どうして彼女のせいにする!?」
「あぁ、そういえば、この元大天使様はお前の嫁だったか。お前に骨抜きにされたせいで、力まで失ったか?」
「黙れ…僕の愛する人を、それ以上馬鹿にするな!!」
「いくらでもしてやる!!七女神様の元をわざわざ離れて、お前のような輩の元に嫁に来て、肝心なときに役に立たない元大天使様ーーー」
「貴様ら…!!」
彼が、声高に笑う一人へと拳を振り上げようとした瞬間ーーー
女性の背に、大きなーーー白い翼が形作られる。
「ーーーミカエルーーー」
先程まで彼女の前に立ちはだかっていた彼が、彼女を見つめる。
彼女は、彼に向かって微笑んで、こう言った。
「あなたーーー愛してくださって、本当にありがとう。
私も、あなたを愛しています。過去も、今も、これからも。
そしてーーーあなたの住まうこの赤の世界も、私は愛してやまないものです。
信仰の力が足りない今、私の奇跡を起こす力も、大きく力を落としています。七女神様から離れ、その加護もない今、この力を使えば、私はこの世界に存在することすらできなくなってしまうでしょう。
でもーーーそれでも、私は、この世界を守りたい。
愛するあなたが住まう、この世界を守りたい。
だからーーーこれで、お別れです。
あなたと出会えて、本当によかった。
あなたに愛されて、愛することができて。
ーーー私は、本当に幸せでしたーーー」
彼女の翼が、大きく羽ばたく。
それと同時に、彼女の体が、眩い白い光に包まれる。
彼女の体が、命が、白い光となって燃え尽きていくーーー
刹那。
光の中で、もう一度、彼女がにこりと微笑んだ気がしたーーー
「ーーーレミエル、大事ないか?」
はっとして、顔をあげる。
ガブリエラ様が、私の顔を心配そうに覗きこまれている。
「ーーーやはり、汝には辛いものを見せてしまったかもしれぬな。赦せよ。」
再び涙が頬を伝っていることにようやく気がついた私は、慌てて目をごしごしと拭った。
アマノリリス様が、お口を開かれる。
「あの時ーーー赤の世界が、今の5つの世界と同じく危機に瀕したとき、わたくしたちは、本当に、自分の無力さを思い知らされたのです。
信仰の力によって、わたくしたち七女神は力を与えられる、あの時ーーーわたくしたちも、人々も、それを忘れてしまっていた。…いや、わたくしたちが力を傲るあまり、人々を、そのことを忘れ去る方向へと導いてしまった…それは、わたくしたちの落ち度。
あの時ーーーそれを最後まで忘れなかったのは、彼女だけであったろうの。そして、彼女は自分の命を犠牲としてまで、愛する人を救い、赤の世界を救ったーーーまさに彼女はーーーミカエルは、我ら七女神すべての力に匹敵するほどの力ーーー奇跡の力を操るに相応しい、天使の中の天使であったのです。」
「私はーーーその時はじめて、無償の愛というものの尊さを知った。
ミカエル様は、己が命が燃え尽きる時、彼らに対して何も求めなかった。あくまでも、
自身の想いのみで、奇跡の力を行使したのだ。
愛した者との別れは、さぞお辛かったであろう。だがーーー彼女は、それでも、己が命を燃やし尽くす覚悟をなさったーーー我らがーーー七女神様の一番近くにいたはずの、赤の世界の守護者であるはずの我らですら、人々の祈りの力の不足を言い訳にして、その覚悟を決めることはできなかったというのに。」
ガブリエラ様が、私を見据える。
「レミエルーーー自信を持て。汝が力は、人々を、世界を、そして愛する人を最後まで愛し続けた天使の権能。そして、汝はその優しい心をも受け継いでいる。汝こそ、彼女のーーー大天使ミカエルの力のすべてを受け継ぐに相応しいものであることを。それを誇らずになんとする?」
この話を聞いたのは、はじめてだった。
人を愛し、七女神様の元を離れ、それでもすべてを愛し続けた天使。
そして、彼女が選んだという、一人の男性。
「ーーーあの人ーーー天羽さんに似ていましたーーー」
ぽつりと、私は呟いていた。
責められる彼女の盾となった、あの男性。
間違いない。
彼は、天羽さんにそっくりだった。
「ーーーどうやら、気がついたようだの。」
アマノリリス様が、私に言う。言い終わると同時に、ガブリエラ様がお口を開かれた。
「そうーーー汝がαドライバーーーー天羽 翔、と言ったか。
彼は、ミカエル様が愛した男の魂を受け継ぎし者。
汝らがリンクに成功した理由、そして強制的にリンクしてしまった理由はーーーかつて愛し愛された魂同士が、悠久の時を越えて強く引き合ったがゆえのことなのであろう。」
「ガブリエラ様ーーーアマノリリス様ーーー」
私は、震える声で、お二人に問う。
「私はーーーレミエルなのでしょうか。それともーーーミカエル様なのでしょうかーーー」
私には、ひとつ、どうしても知りたいことがあった。
私は、何者なのか。
今、ガブリエラ様に見せられた映像。
ガブリエラ様が仰った言葉。
それをまとめるとーーー
「私ーーー怖いんです…運命だったと言われることが…天羽さんに出会えたこと…彼がはじめてリンクが成功したこと、仲良くなれたこと、楽しかったこと…今、私があの人を思う気持ちーーーそれが、全部昔から決まっていたことで、私自身の気持ちじゃないのかもしれないことがーーー」
泣いている天羽さんを見て、私は力になりたいと思った。
笑う彼を見て、私は嬉しい気持ちになった。
私のために怒ってくれた彼のことを、私は信じたいと思った。
告白されたとき、心がすごくどきどきした。
彼とのリンクは、温かかった。
それが、全部私の心ではないとしたら。
ミカエル様の魂が、天羽さんの持つ、彼女が愛した男性の魂と引き合っただけなのだとしたら。
ーーー怖い。
黒い翼の私が言った言葉が、甦ってくる。
「今、目の前にいる私はーーーあなたを愛してなどいないーーー」
ガブリエラ様が、口を開く。
「それを決めるのも、汝が務めぞ。」
「ーーーえっ…?」
ぽかんとする私に、ガブリエラ様は優しい言葉で仰った。
「様々なことをいきなり聞かされて、不安であろう。心の中の気持ちが自身のものでないかもしれないーーーそれは、私にもはかり知れぬほどの恐怖であろう。
だが、一つだけ言えることはある。
汝は、今、恐れを抱いたであろう?
それこそは、汝が汝である証。
汝はレミエル。ミカエル様ではない。
汝が心は、汝がものだ。
彼を愛するも、彼の愛を拒むも、好きにせよ。
己が心に従え、レミエル。
これは、師としての私の言葉ではない。七女神様の命令でもない。
己が信ずるもののためにーーーかつて、汝に力を与えた彼女がそうしたように。
その翼を羽ばたかせーーー高く、高く、そして自由に飛ぶがよいーーー」
私はーーーそれを聞いて、保健室へと駆け出していた。
(another viewing “Kakeru”)
目を醒ますと、そこは白い天井だった。
「ここはーーー」
体を起こそうとすると、腕に、背中に、突き抜けるような痛みが走る。
そこまでしてようやく、僕は自分がどうなっていたのかを察した。
あの時ーーー僕たちの前に現れた、レミエル先輩の姿をした何か。
何があったのかはよく覚えていないがーーーおそらく、何らかの形でリンクを繋ぎ、フィードバックのダメージによって気を失ってしまったのだろう。
そしてーーーすこしでも覚えていること。
僕は、彼女にーーーレミエル先輩に、自分の気持ちを打ち明けた。
だがーーーそれを逸るあまり、あの黒い翼のレミエル先輩の言葉を聞き入れ、それによって心を折られてしまったこと。
情けなさが、心の中に渦巻いてくる。
僕は、何をしているんだ。
何を焦っていたんだ。
せっかく、もっともっと仲良くなるはずだったのに。
楽しい時間を過ごせるはずだったのに。
僕がいろいろと焦ったせいで、彼女を困らせてしまった。
あの黒い彼女に、付け入る隙を与えてしまった。
情けない。
そんなことを思っていると。
「あ…翔君、目を醒ましたみたいだね。」
レミエル先輩とは違う、でも見覚えのある天使が、僕の前に姿を現した。
「ーーーエルエル…?」
最初に会ったときは、正直戸惑った。
この子は、友達百人計画なるものを夢見ているらしい。
だが、それに救われたこともある。
リンクが誰とも繋げないことがわかった後も、僕を放っておかないでくれた一人だからだ。
エルエルは、カーテンの外に向かって叫ぶ。
「フェルノちゃん、ユラちゃん!!翔君、目を醒ましたよ!!」
その声と同時に、これまた見覚えのある人と、一人、小柄な見覚えのない女の子が、こちらに入ってくる。
「天羽さんーーー災難でしたわね。」
フェルノ・ガーディーヴァ先輩。
僕がレミエル先輩に声をかけてもらった次の日は、びっくりさせられた。
そのあとは、レミエル先輩や日向先輩、風渡先輩と一緒に、僕のためにいろんな面倒を見てくださって。
そんな、優しい先輩。
「あ…翔君は、ユラちゃんと会うのははじめてだよね?」
エルエルが、小柄な女の子を指差す。
「こちら、レミエル先輩のお友達で、私ともお友達の女神様、ユラちゃん。」
あっけらかんと言うエルエルだが、天使が女神に対してその口の聞き方はいいのだろうか…
「はじめましてですね、天羽さん。私はユラ、赤の世界の女神で、レミエルの親友でもあります。以後お見知りおきを。あぁ、私のことは、ユラ、と呼んでくださって構いません。同じ学年ですし、レミエルやエルエルもこの調子ですからね。」
…納得。
しかしーーー
「みんな、どうしてーーーガーディーヴァ先輩までーーー」
僕の問いに、エルエルが答える。
「お友達のお見舞いだよ?当然のことだよ。」
ーーー当然のこと、か。
それを聞いて、心がまた荒みはじめる。
「翔君…?」
エルエルが顔を覗きこんでくる。僕は、誰に言うともなく、言葉をぽつりぽつりと呟き始めていた。
「ーーー僕はーーー僕は、レミエル先輩と、もっと仲良くなりたかったーーー
リンクを繋げることがわかって、一緒に特訓して、一緒に生徒会や風紀委員の手伝い
もして…声をかけてくれて、僕のためにいじめっ子たちに対して怒ってくれて…僕を、信じてくれて。
彼女の存在は、そうやってどんどん大きくなっていったーーーもっと一緒にいたい、あの人を愛したい、あの人に愛されたいーーーそう思えるくらい…。
僕は、早くその思いを伝えなくちゃと思ったんです。でもーーーそれは彼女を困らせるだけだった…一足飛びに楽になろうとして…彼女をーーー傷つけた…傷つけてしまった…。
それだけじゃない…僕は、あの黒い翼のレミエル先輩への反論ができなかった…自分が彼女を思う気持ちは本物だと思っていたのにーーーそれを、あんなことを言われただけで、自分の気持ちを他人に否定されたと思ってしまったーーー彼女に嫌われていると思ってしまったーーー
僕はーーー僕はもう、彼女に合わせる顔がないーーー」
最後は、涙声になってしまって、うまく言葉にもできない。
それが、さらに僕の劣等感を助長する。
「ーーー言いたいことは、それだけですか?」
黙って聞いていたユラが、僕に詰め寄った。
「あなたはーーーそれだけの理由で、レミエルへの愛を自分から否定するのですか?」
「ゆ、ユラちゃんーーー!!」
エルエルが慌ててユラとの間に入ろうとするが、
「いいえ、エルエル。私はどんなに止められても言わせてもらいます。あの子の友達だもの。」
ユラは、目をそらす僕に向かって言った。
「あなたはーーーあの子を愛した者でしょう?愛した者というなら、結果がどうあれ、愛した者を最後まで愛する義務があるはずです!!なのになんですか、今のあなたは自分のことばかりーーーあの子の気持ちを聞かずに、ただ嘆くばかりではありませんか!!」
「ーーー君にーーー君に何がわかるんだ!!」
かっとなって、僕は彼女に叫んでいた。
「そんなことーーー僕が一番わかってるんだ…僕は彼女の言葉を聞いていないーーーただ、あの黒い彼女に言われたことを鵜呑みにして、そう思い込んでいるだけだ…思い込みたいだけだ…そんなことは自分で一番よくわかってるんだよ!!それを知らないくせにーーー知ったようなことを言うな!!」
ーーー言ってしまった。
僕は、最低だ。
彼女だけでなく、彼女の友達という人までも傷つけるなんて。
「ーーーごめん…。」
僕は、ユラに頭を下げる。それと同時に、彼女もまた頭を下げてきた。
「ーーーいいえ、私も、ごめんなさい。あの子のことを思うあまり、あなたのことをまったく考えていませんでした。軽率な物言いを許してください。」
僕たちがお互いに頭を上げると同時に、
「ーーー天羽さん。」
ガーディーヴァ先輩が、僕に言う。
「わたくしも、あなたのことをそれほど理解しているわけではありませんわ。ずっと一緒にいたレミエルさんは、あなたのことを一番よく理解していらっしゃるでしょう。
それゆえにーーーわたくしは思うのです。
彼女の心を。
軽率な物言いで、あなたを傷つけたくないという思いを。
ならばーーー今度はあなたが信じるべきですわ。
あの時ーーーあなたとレミエルさんが、はじめてブルーミングバトルを行った時ーーーレミエルさんを信じたあなたを、レミエルさんが信じたように。」
「でもーーー」
「でも、は禁句ですわ、天羽さん。」
ガーディーヴァ先輩は、そうやって僕の言葉を制し、そしてまた続けた。
「人を愛することーーーそれは尊いことだと、わたくしは思いますわ。
先ほどユラ様が仰ったことーーー愛した者には、愛し続ける義務がある。この言葉も、間違いではありません。むしろ真理とも言えるものなのでしょう。
でも、それを決めるのもあなたですわ。
立ち止まるのもいい、ここまでと決めてやめるのもいい。人の選択である以上、選択に従うのは当たり前。
でもーーーそれがどうあれ、選んだものには義務があります。
辛くても、苦しくても、その生き方に従うという義務が。
そして、その義務から逃れようとする、という選択もありますわ。でも、それはつまり、新しい義務を背負って生きていくことに他なりません。その責を追ってでもそうするか、それからも逃げるか。人の生き方とは、難しいものですわね。」
ガーディーヴァ先輩が、僕をしっかりと見つめて言う。
「天羽さんーーーあなたはーーーレミエルさんを愛していますか?」
「僕はーーー」
必死に言葉を紡ごうとする僕に、ガーディーヴァ先輩は優しい笑顔を浮かべて言った。
「あなたはーーーあなたの心の赴くままに進めばいいのです。
誰に何を言われたから、自分ができないと思うから、そんな考えは捨ててしまいなさい。
あなたの選択はあなたのもの。他人のものではありません。
結果を見て嘆くのはやめなさい。それまでの過程を見据えなさい。
きっとーーーそこには何かが残されているはず。
それがーーーあなたの悩みぬいて選んだ道であるのだから。
レミエルさんを愛した者としてのあなたはーーー必ず、その場所に立っていたのだから。
そして、その自身を誇りなさい。
あなたが彼女を愛している事実はーーーそれだけの価値があるのですからーーー」
「ーーー天羽さんーーー!!」
ガーディーヴァ先輩の声が途切れた時、引き戸を思いきり弾き飛ばすようにしながら、小柄な人影が、息を切らせて保健室に飛び込んでくる。
ーーー僕が、一番聞きたかった声。
僕を救ってくれた人。
僕の専属プログレスで、パートナーでーーー一番、大切にしたい人。
レミエル先輩が、そこに立っていたーーー
解説編 第4回
・七女神様と四聖天使さんの力、かつて赤の世界を襲った災厄
2018年8月18日現在、七女神様で設定がわかっているのは、アウロラちゃんとアマノリリスさんのみ、そして、四聖天使でわかっているのは、ガブリエラさんのみになりますです。ミカエルさんは、私のお友達(お名前は個人情報になってしまうので、ごめんなさいですが伏せさせてくださいです)にお聞きしたところ、ガブリエラさんの前任である、ということしかわかっていないもので、作中にあったように、災厄の折に、人々を救っていなくなってしまった、という事実は、設定として語られているわけではありませんです。
また、祈りが七女神様や天使さんたちの力になる、というのも、かつて赤の世界を襲った災厄というものも、設定としてあったような、なかったような…という、かなり記憶として曖昧なものになってしまっているので、もしもなかったとしたらごめんなさい、としか言えませんです…ご了承宜しくお願いしますです。
・レミエルちゃんとミカエルさんの関係
作中では、ミカエルさんは、レミエルちゃんの背が高くなって、大人っぽくなったようなイメージでお話を作ってみたのですが、上述の通り、きちんとした設定がないので、あくまでもイメージということをご了承くださいです。
また、レミエルちゃんとミカエルさんは、特にご先祖や子孫という設定は今のところないようなので、こちらでもそれを踏襲して、特に繋がりはない形で設定しましたです。
第6章 完
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